助け合える時間を可視化する——災害時に本当に使えるハザードマップ

地震発生時に家屋倒壊や津波到達等を考慮し現在地から避難場所までの最適な避難行動を喚起させる「スマートハザードマップ2.0」の開発~愛媛県松山市編~

概要

愛媛大学大学院理工学研究科准教授の多田豊氏が開発を進める「スマートハザードマップ2.0」は、地震発生時に一人ひとりに最適な避難経路を示し、災害時でも使える専用通信で情報を届けるシステムだ。1級建築士として家を建ててほしいというお客様が土地が安全かどうかをたずねた際、「ハザードマップを見ても本当に安全かわからない」と感じた経験。そして父親として、津波想定エリアで毎朝、登校する子どもの安全を案じた日々。これらの実感が、専門家でなくても使える防災システムの開発へと繋がった。技術で命を守るだけでなく、災害時の助け合いを促す温かな仕組みを目指している。

 

1. ハザードマップへの違和感から生まれた構想

多田氏がハザードマップに疑問を抱いたのは、1級建築士として家づくりに携わっていた頃のことだ。「1級建築士がみても安全かどうかわからなければ、ほとんどの人はわからないだろうなと思いました」。

ここには3つの問題があることに気づいた。専門知識がなければ安全を判断できない「わからない」、災害時に紙やPDFを見る余裕がない「使えない」、そして災害時に困っている人や助け合いに関する情報がわからない「共助につながらない」。

転機となったのは、徳島県阿南市にある阿南工業高等専門学校で教員として勤務していた時期だった。阿南市は南海トラフ地震の津波想定エリアで、多田氏は官舎から通勤していた。「毎朝、登校する子どもたちを見送る中で、『津波が来たら、これでさよならだね』ぐらいの感覚でした。3年ぐらいそんな感じで過ごしていました」。父親として子どもたちの安全を毎朝意識せざるを得ない日々。この切実な危機感が、「本当に使えるハザードマップ」を作りたいという思いに繋がった。

2.「スマートハザードマップ2.0」が目指す世界

多田氏が構想するシステムは3つの特徴を持つ。1つ目は、個人に最適化された避難経路の提示だ。AIが建物倒壊や道路閉塞を予測し、一人ひとりの状況に合わせた経路を示す。

2つ目は、災害時でも使える専用通信システムだ。「LoRA」という電波を使うと、インターネットが切れても情報を届けられる可能性がある。

3つ目は、助け合いを促す機能だ。現在、津波がすぐ来る地域では「すぐに逃げろ」と言われ、家屋倒壊で助けが必要な人がいても助け合う余裕がない。しかし、助け合える時間の余裕を計算して示すことで、周りの人が協力し合える仕組みを作りたいという。「高齢者や重度の障害者の中には、災害が来た時、自分はもう死んでもいいっていう人が多いです。でも、よくよく聞いていくと、当然ですが本当は生きたいと思っています」。多田氏が目指すのは、技術で命を守るだけでなく、災害時の不安の中でも助け合える温かな社会だ。

3. 実用化に向けた挑戦

現在、徳島県で実証実験が進んでいる。住民にアプリを試してもらい、説明の方法によって人が本当にその通りに避難するのかを検証している。多田氏自身も、徳島から松山に異動した際、子どもたちが転校してきて道がわからない不安を感じた。「道がわからない子にとって、災害時にプッシュ型で通知が来たりとか、そんなのがあるといいなと思っていました」

一方で、ビジネス化には課題がある。GAPファンドの採択後、多田氏は様々な人にニーズを聞いて回り、「災害時だけのアプリは売れない」という現実に直面した。「保険と一緒で、自分には起こらないと思っているから、平常時にいかに使えるかがないと売れないんだなと思いました」。ウェザーニュースやYahoo!防災のように、日常的に使える機能との連携を模索している。

学問と事業化の違いについても率直に語る。「学問の場合、学術的に重要だったら補助金がつきます。でも、ビジネスは実際に一人ひとりに向き合わないといけないので、そこが難しいなと思っています」。

4. 命を守る仕組みを社会実装へ

災害の少ない松山に来てからは、毎朝の危機感は薄れた。「津波の被害がないことで、気持ちは楽になりました。とはいえ、どこにいても地震への備えは必要だと感じています」。

毎朝の危機感は薄れたとはいっても、それでも多田氏の研究への思いは変わらない。「わからない」を「わかる」に変え、「使えない」を「使える」に変え、人と人とが「助け合える」ための情報を個人に届ける。技術の力で命を守り、人の温かさで支え合う社会を目指す「スマートハザードマップ2.0」。父親として感じた危機感から生まれたこのシステムが、いつか多くの人の命を救う日が来るかもしれない。

研究代表者:多田 豊
(ただ・ゆたか)

愛媛大学大学院理工学研究科 准教授

専門:建築計画、防災まちづくり

2025年度 PSI・GAPファンド ステップ1 採択

研究テーマ:地震発生時に家屋倒壊や津波到達等を考慮し現在地か ら避難場所までの最適な避難行動を喚起させる「ス マートハザードマップ2.0」の開発~愛媛県松山市編~

今回の記事では、PSI・GAPファンドに採択された研究者と研究内容を紹介しています。

PSI・GAPファンドは、中国・四国地域の大学における革新的技術シーズの実用化を加速するためのプログラムです。研究者・教員・学生が保有する有望な技術シーズに対し、研究開発と事業化の間に存在する“ギャップ”を埋める資金提供を行うほか、起業に向けたアクセラレーションプログラム、専門人材による伴走支援、グローバル展開支援など、多面的なサポートを提供しています。
(詳細:https://psi-ecosystem.net/support1

 

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