CO₂と太陽光で水をきれいにする「生きた吸着材」
環境汚染とCO2削減を同時に実現する革新技術
【概要】
排水処理の現場では、汚染物質を取り除く過程で、別の環境負荷が生じてしまうという課題を抱えている。工場排水に含まれる重金属は、現在、多くの場合、薬剤を加えて沈殿・凝集させる方法で処理されている。しかしこの方法では、大量の薬剤が必要となり、処理後には重金属を含んだ汚泥や廃棄物が残る。それらは埋め立てや焼却処分されるため、二次的な汚染やCO₂排出の増加につながってしまう。
こうした課題に対し、愛媛大学の杉浦美羽准教授が提案するのが、約35億年前に誕生した光合成微生物「好熱性シアノバクテリア」を使った、まったく新しい水質浄化技術だ。この微生物は、CO₂と太陽光だけで生きることができ、工場排水中の重金属を体内に取り込み、細胞内のタンパク質に結合させて蓄える性質を持つ。薬剤を使って汚れを沈めるのではなく、微生物そのものが重金属を細胞内に抱え込むため、新たな廃棄物を生まず、処理に伴うCO₂排出はゼロである。さらに、CO₂を取り込みながら機能する点でも、CO₂削減に貢献する技術として注目されている。
1. 好熱性シアノバクテリアとの出会い
「小学生の時、国語の教科書に『赤く見えるものは、赤以外の光を吸収している』という一文があって、衝撃を受けたんです」そう話すのは、愛媛大学プロテオサイエンスセンター 准教授の杉浦美羽氏。光に魅せられた杉浦准教授は、光合成のエネルギー変換の仕組みを分子レベルで解明することを目指し、研究者の道を歩み始めた。当時、光合成研究は大きな壁に直面していた。エネルギー変換を担うタンパク質が非常に複雑で、生物から取り出した瞬間に壊れてしまう。細胞の中での状態を維持したまま詳しく調べることができなかったのだ。博士号取得後、理化学研究所でこの難題に挑んだ杉浦准教授は、あるブレイクスルーを思いつく。「熱に強い生物を使えばいいんじゃないかって。温泉などの高温環境に生息する生物のタンパク質は、熱に対して非常に安定しているんです。そうして出会ったのが、別府温泉の海地獄から単離された好熱性シアノバクテリアでした。地球に酸素をもたらした生物の末裔で、35億年の進化で培った驚異的な能力を持っていたんです」
2. 何十年もそのままにしていた発見が、一本の電話で動き出した
培養条件を探る過程で、杉浦准教授は奇妙なことに気づいた。重金属や窒素酸化物を入れると、微生物が桁違いに元気になるのだ。「環境浄化に使えそうだとは思っていたんです。でも、私の興味は光合成の基礎研究だったので…」。そのまま数十年が過ぎた頃、愛媛大学工学部の野村信福教授から一本の電話がかかってきた。「今治のタオル染色排水を脱色できないか」。杉浦准教授はすぐに好熱性シアノバクテリアを提案し、試してみたところ青い色素が1時間で消えた。野村教授は、「これを用いて自分らでベンチャーを立ち上げよう」と提案した。
染色排水は法規制がなく、住民からの苦情はあるもののそのまま河川や用水路に流されることが多い。さらに深刻なのは工場の重金属排水だ。除去には大量の薬剤が必要で、取り除いた廃棄物は埋め立て処分される。二次汚染とCO2排出が避けられない。この好熱性シアノバクテリアを利用すれば、染色排水だけでなく、工場からの重金属排水にも応用可能だ。基礎研究者の挑戦が、ここから始まった。
3. 2027年、新会社設立ー「愛媛から世界へ」
現在、杉浦准教授らはPSI-GAPファンド ステップ2の支援を受け、実験室レベルから工場レベルへの大型化に取り組んでいる。「現在は、好熱性シアノバクテリアの培養に励んでいます。2ミリリットルから50ミリリットル、150ミリリットル、1リットル、10リットルと、スケールアップするたびに壁がありました。今回は1,000リットル、1万リットルですから大きな挑戦です」。生き物を扱う以上、光量、温度、CO2濃度などを自動制御する装置の設計が課題だ。愛媛大学産学連携推進本部の石原裕香特定准教授がベンチャーキャピタルや企業との橋渡しを担い、事業化のプロや県内企業が次々とチームに加わった。「なんか、後押しされている感じがするんです」と杉浦准教授は笑う。2027年の新会社設立を目指し、まずは愛媛県内の工場から、その後は海外展開も視野に入れている。
4. 「世界中の水を綺麗にしたい」―研究者が描く未来
「カーボンニュートラルに、世界中の水をきれいにしたいなと思っています。そして、やっぱりリサイクルも実現したいですね」。杉浦准教授は、研究の先にある未来をそう語る。
もし国内外の工場の15%にこのシステムが導入されれば、年間6万トンのCO₂削減につながる計算だ。さらに、細胞内に溜め込まれた重金属を回収・再利用することで、資源循環型社会にも貢献できる可能性がある。
35億年前、地球に酸素をもたらした光合成微生物が、今度は人類が排出したCO₂を取り込み、汚染された水を浄化する。光に魅せられた研究者は今、35億年の歴史を持つ“相棒”とともに、持続可能な未来への扉を開こうとしている。
研究代表者:杉浦美羽(すぎうら・みわ)
愛媛大学プロテオサイエンスセンター 准教授
専門:生物物理学、生体エネルギー学、遺伝子工学、応用微生物学
2025年度 PSI・GAPファンド ステップ2 採択
研究テーマ:
「CO2と太陽光を資源とする持続可能な環境浄化技術の事業化 ~カーボンニュートラルを実現するバイオビジネスイノベーション~」
支援: ダイキアクシスベンチャーパートナーズ、パートナーズファンド