先生が「作る側」に回る時代へ―生成AIで育む「校内クラフト文化」の未来

AIが教える時代に、先生は何を「教える」のか

【概要】

今の教科書は、読むだけで理解できるほどよくできているという。補助教材も充実し、AIアプリが個別学習もサポートしてくれる。これほど恵まれた教育環境の中で、先生たちの役割はどう変わっていくのだろうか。愛媛大学の富田英司教授が挑むのは、先生たち自身が生成AIでアプリを作り、改変する「校内クラフト文化」を育むこと。「クラフト」とは、工芸品を一つひとつ手作りする職人のように、自分たちの学校に合った道具(アプリ)を自分たちの手で作り上げていく文化だ。子どもたちに探究的な学びを促す前に、まず先生たち自身がクリエイティブになる必要がある。教育の本質に迫る挑戦が、松山から始まろうとしている。

1. 教科書が完璧すぎる時代の危機感

「教科書、すごくよくできてるんですよ。本当に」。富田英司教授が語る現在の教育現場には、ある矛盾が潜んでいる。今の教科書は、QRコードを読めば関連動画が見られ、補助教材も充実している。教科によっては、教科書や教材を使えば、初見でも授業ができるほどのレベルだという。

かつて、先生たちは子どもたち一人ひとりの苦手に合わせてオリジナルプリントを作り、工夫を凝らしていた。「この子はこれ苦手だから、この子たちのためにこういう問題をあてがおう」。そんな先生の個性とクリエイティビティが、教育現場にはあった。しかし今、その必要性は急速に薄れている。さらにこれからAIがもっと進化すれば、さらに生徒に最適化された学びを提供してくれる。「先生は、むしろ暇になります」と富田教授は言う。

ここで浮かび上がるのが、生徒と先生の深刻なギャップだ。「先生たちが自分たちで何も作っていないのに、子どもたちには探究的な学びをしなさい、イノベーションを起こしなさいと言わないといけなくなります」。自分たちがクリエイティブなことをしていないのに、子どもたちにそれを求める。子どもたちと先生の距離が開いていけば、子どもたちは先生から学びたいと思えなくなってしまうのではないか。富田教授は、そういった未来を危惧している。

2. 先生が自分でアプリを作る文化を育む

富田教授が取り組むのは、「生成AIアプリ校内クラフト文化を育む概念型研修パッケージ」という研究だ。目指すのは、先生たちに研修を通してAIアプリの作り方を学んでもらい、最終的には自分たちでアプリを作ったり改変したりできる文化を学校の中に育てることだ。

「先生全員が対象ではなくて、校内にアプリ作りに興味のある先生が2、3人いたら十分なんです」。その先生がまずはアプリを作ってみる。翌週の職員会で共有し、「これ、こうしたらもっと便利になるよね」と、また他の先生からフィードバックをもらう。「作っては改良し、作っては改良し」、そのサイクルができる文化を作りたいのだという。

もちろん、アプリを作ることは授業の効率化にも繋がるが、これは単なる効率化の話ではない。富田教授が「クラフト文化」という言葉に込めたのは、「楽しむ」という感覚だ。

「新しいものを作って楽しいっていう感覚を、先生に持っていてほしいと思います。そのためには、余白が必要で、やるべきことに100%時間を使っちゃダメなんですよ。80%で抑えて、残りの20%で新しいことを学ぶ。そうしないと、新しいことは絶対に生まれない」。アプリを使った授業で余白をつくり、そうした余白が先生自身の人生も豊かにしていく。

3. 「うっすらとした理解」が、これからの時代の武器になる

研修の中心に据えるのは、「概念型の学び」という学びの手法だ。世界のインターナショナルスクールを始めとして20年以上展開されているもので、個別の事実を一つ一つ覚えるのではなく、それらを貫く「概念」を理解することで効率的に学んでいく。

そしてこの「概念型の学び」は、先生がAIアプリを作る時にも役立つ。「サーバーとは何か、APIとは何か、全部を深く理解する必要はないんです。うっすらとした大枠で理解する力が、これからは猛烈に求められます」。細かいことはAIがやってくれるから、骨子だけをつかめばいい。実際、富田教授が作ったアプリは、12時間ほどで形になったという。「僕自身、専門教育を受けてませんから。でも、できるんですよ」。

次期学習指導要領でも、概念を中心とした学習が進められようとしている。富田教授の取り組みは、その流れを先取りしたものだ。

富田教授が目指すのは、学問としての研究にとどまらない。理論や教育思想は、人それぞれに解釈され、消費されてしまう。しかし、アプリなど「形」のあるものは違う。明確な基準ができ、正解・不正解が出る。そして、商売の枠組みに乗せることで、本当に良いものが広がっていく。「いいものがあった時、それを広げようと思ったら、学問では無理なんですよね。商売じゃないと無理なんです」。

4. 松山から ー 日本が「化ける」方向へ

富田教授が描く未来は、壮大だ。「日本って、化けるんじゃないかなと思ってるんです」。

その「化ける」とは、「ものを作っていく方向に化ける」ということだ。「今はやり方を学んで、それをフォローする人が多すぎる。ものを作っていかないといけない」。これからは、何ができるか、何をやったか。それが問われる時代だ。

先生たちが自分たちで作る。その姿を見た子どもたちも、「自分たちも作りたい」と思う。「それが、全体的なアントレプレナーシップにも繋がっていくんじゃないかなと思うんです」。今、富田教授は松山市教育委員会と協働し、まずは松山で成功事例を作ろうとしている。それを他の市町村に売り込んで展開していく予定だという。

AIが教える時代に、先生の役割を問い直す。その先に待っているのは、先生と子どもが一緒に「作る」ことを楽しみ、地域から新しい価値が生まれ続ける社会だ。

研究代表者:富田英司(とみた・えいじ)

愛媛大学 教育学部 教授
専門:教育心理学、認知科学、教育工学
2025年度 PSI・GAPファンド 採択

研究テーマ: 「生成AIアプリ校内クラフト文化を育む概念型研修パッケージ」

協働: 松山市教育委員会、松山市教員研修センター

ー今回の記事では、PSI・GAPファンドに採択された研究者と研究内容を紹介しています。

PSI・GAPファンドとは、中国・四国地域の大学における革新的技術シーズの実用化を加速するためのプログラムです。研究者・教員・学生が保有する有望な技術シーズに対し、研究開発と事業化の間に存在する“ギャップ”を埋める資金提供を行うほか、起業に向けたアクセラレーションプログラム、専門人材による伴走支援、グローバル展開支援など、多面的なサポートを提供しています。
(詳細:https://psi-ecosystem.net/support1

 

記事一覧へ戻る