スポーツの「暗黙知」をAIで可視化する!地方クラブから世界へつながる知識循環の未来

答えを出すのではなく、対話を促すAI―スポーツが生む学びを社会へ

【概要】

「なんであのコーチはあんな瞬時に判断できるの?」「チームの連携ってどうやって生まれてるの?」―スポーツの現場には、言葉にならない学びが溢れている。熟練コーチの一瞬の判断、プレーヤー同士の絶妙な連携。その背景にあるのは、長年の経験から培われた「暗黙知」だ。しかし、この貴重な知識は個人の中に留まり、継承が難しく、特に地域のスポーツクラブでは、指導者の世代交代とともに、蓄積されてきたノウハウが失われていくのが現実だ。

愛媛大学の山中亮准教授が挑むのは、スポーツ現場の暗黙知をAIと映像解析で可視化し、誰もが学べる「知識循環モデル」をつくることだ。ただし、一般的なAIのように「答えを出す」ものではなく、コーチに「このプレーヤーは今、こうしようとしている」と気づきを促すものだ。プレーヤーの失敗を単に「できていない」と判断するのではなく、「何を試そうとしたのか」をコーチに「気づき」を促し、対話やコーチングの質を変えていくことを目的としているという。地方クラブから知識継承の仕組みは、国境を超えた学びのエコシステムへと広がろうとしている。

1. 試合後の対話が研究の原点に

大学教員になる前、山中亮准教授は中学校教員の部活動指導の経験も含め、サッカーコーチとしてサンフレッチェ広島や愛媛FCで指導者を務めていた。コーチ時代、山中准教授が現場で毎日やっていたこと。それは、試合や練習後にコーチたちが集まって「あの場面のこれはよかった」「ちょっとこういうとこ良くないよね」と語り合い、「気づき」を形式知化していくプロセスだった。それを元にトレーニングを構築し、実践し、またプレーヤーの声を聞く。この循環が、チームを成長させていったという。「そのサイクルをもっとAIで明確化できるんじゃないか。もっと早くわかるようにできるんじゃないか」といった現場での経験が、今の研究の原点になっている。

2. コーチの「正解」とプレーヤーの「挑戦」の間にあるもの

「プレーヤーたちって、自分が正しいと思うプレーを精一杯やっているんですよ」。山中准教授が語るのは、スポーツ指導の本質的な課題だ。プレーヤーは結果的に失敗したとしても、その瞬間の状況に対して自分なりの最善を尽くしている。しかし、コーチから見て「できていない」という結果的な理由だけで否定されてしまうと、その挑戦の価値は消えてしまう。

「もしかしたら、そのプレーヤーがトライしようとしてることは、コーチの考えを飛び越えてるかもしれない。失敗はしたけど、このプレーヤーはこういうことをしようと思った可能性があるよ、とコーチに伝えてくれて、それをコーチングに活かしてっていうことができたらいいなと思って」。

ここで重要なのは、このAIが「答え」を出すのではないということだ。練習や試合を映像で撮影し、AIがリアルタイムで「このプレーヤーは今こうしようとしている」とコーチに示す。結果だけを見るのではなく、事前にプレーヤーの意図を可視化することで、コーチとプレーヤーの対話の質が変わる。

3. インドの学生がサッカーを解析する―国境を超える知の循環

研究の社会実装に向けて、山中准教授が今取り組んでいるのは、実証実験の積み重ねだ。「まだ実証が十分ではないので、まず幾つかの実証を続けていって、そこから最終的に形にしていきます」。物づくりとは違う、人を相手にする研究の難しさがある。

しかし、すでに動き始めている国際連携もある。サッカーのデータを取って、インドの大学と交流しながら研究を進めているのだ。「その学生さんはサッカーはほとんどプレーしたことないのですが、データの解析についてはコラボレーションができる」。

これこそが、山中准教授が描く「多様なコミュニティ」の姿だ。サッカーをやる人だけが集まるのではなく、データ解析が好きな人、数理モデルに興味がある人、教育に関わる人。それぞれの専門性を持った多様な人たちが、スポーツというデータを介してつながり、学び交わり合う。「そういう垣根を超えた学びができれば、スポーツの価値はもっと広がると思うんです」。

「気づき」や「暗黙知」を活用しながら、組織の中で知識が循環し、レベルが上がっていく。そのプロセスは、スポーツだけでなく、体を動かすあらゆる活動―例えば、介護・教育・地域づくり―にも応用できる可能性を秘めている。

 

4. 「プロセスに価値がある」―研究者が目指す未来

山中准教授が大切にするのは、技術やスキルを身につけることよりも、そこに至るまでの「学びのプロセス」だ。暗黙知を可視化し、対話しながら改善していく。この営みは、スポーツだけでなく、どんな分野でも応用できる普遍的な価値を持っている。

「世界中のスポーツコミュニティがお互いの知をシェアしながら成長していく未来」。愛媛の学びが国境を越えて外国に届き、インドなどの海外での多様な気づきが日本のクラブに返ってくる。そんな知識循環が当たり前になる世界。それは、それぞれの国に固有の音階がありながらも、独自の音楽文化をお互い尊重しながら作ってきたように、各々のコミュニティが個性を保ちながら、学び合う世界だ。

現場の声を何より大切にする研究者が、スポーツの暗黙知を未来へつなぐ仕組みをつくる。その先に待っているのは、スポーツを核に、世界中の多様なコミュニティが学び合う社会だ。

 

研究代表者:山中亮(やまなか・あきら)

専門:スポーツ戦術論、知識創造
2025年度 PSI・GAPファンド 採択

研究テーマ:
「地方クラブ発、知識継承の社会実装〜スポーツが導く未来の組織モデル〜」

国際連携: インド工科大学ハイデラバード校など、海外各種機関との共同研究

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